本資料館について

 認定NPO法人富士山測候所を活用する会は、2005年11月29日NPOの結成以来の15年間にわたって、日本の最高地点に存在する富士山測候所を借用し、さまざまな科学研究を継続してきましたが、その活動が広く知られるにつれ、測候所の歴史に関する種々の質問や情報が寄せられるようになりました。

 

 2017年、助成金団体から頂いたご縁で、野中夫妻の孫にあたる野中勝氏と蔭山幸子氏の知遇を得て未公開資料を含む多数の画像の提供を受けることになりました。その整理の過程で、新田次郎(本名:藤原寛人、元気象庁測器課長)の小説『芙蓉の人』(文藝春秋社、1975)をはじめ野中至・千代子の山頂滞在を扱ったいくつかの文芸作品または映像作品が存在しますが、いずれも「フィクション」を含むことが、ご遺族の方々とのお話やそれに啓発された会員・山本哲らの調査(天気、2018)ほかでわかってきました。

 

 例えば、ある小説では、「野中夫妻が山頂で観測中に2歳で亡くなったことになっている長女園子が、7歳まで福岡で健在であったこと」や、「当時の中央気象台責任者・和田雄治により大日本気象学会への入会を断られたことになっている野中千代子が、逆に和田雄治の尽力で1895年の登山と同時に入会を認められ、大日本気象学会会員として山頂の観測に当たったこと」などです。

 

 このように、歴史研究においては証拠となる資料の大切さを実感し、土器屋他NPOの関係者がフィクションを含む小説の影響を受けたことへの反省がこの資料館設立の一つの動機になりました。本会の有志によってご子孫からお預かりした遺品のデータをもとに、野中夫妻の偉業を広く周知する方法として当資料館開設の機運が生まれました。

 

 2019年8月にはその前年に入手した資料のうち、写真や解読できた文書などを加えて「野中到・千代子資料館」(注1)をオープンしました。この資料館の開設には2018年末からNPOの枠を越えて集まっている「芙蓉日記の会」のメンバー(注2)による調査研究や議論が大きな力になっています。特に、「芙蓉日記の会」メンバーの一人である大森久雄が編者となっている『富士案内 芙蓉日記』(平凡社ライブラリー)(注3)が第一級の基礎資料 (原典)であることを確認し、本資料館の年表、解説などの多くはこの書籍に依拠していることを明記いたします。

 

 一方、まだ、公開していない大量の資料が存在します。その調査研究は続いており、ご子孫からお預かりしている膨大な資料を今後徐々に公開し、当館をさらに充実させていく所存です。

 

 このホームページをきっかけにして、一人でも多くの方に高層大気観測の先駆者、野中至(到)・千代子夫妻のことを知っていただき、富士山頂がいかに貴重な研究サイトであるかを再認識していただくことを願っています。


脚注

  当初、本資料館の名称には「到・千代子」を使っていました。到は戸籍上の本名、千代子(戸

籍上は「チヨ」)はいわば通称で統一が取れていませんでしたが、ご夫妻と接点のあった方々にとって一番違和感のない表記として採用していました。しかしこのままでは、「至」の表記がなく「至」での検索に不利になります。

 野中至が公的に(社会的に)スタートしたときの著作、明治34年8月春陽堂刊『富士案内』の著者名が「至」になっていること、そのほかにもいくつかの当時の新聞・雑誌記事が「至」であることなど、「至」のほうが一般的であったことは事実です。

 ただし、後期になるにつれて「至」は影を薄くし、「到」での表記が増えて来ます。気象関係の文書でもその傾向は現れていますが、本人が「至」「到」をなぜ、どのように使い分けていたのか、それはもはやわかりません。気象関係の専門誌は一般的な内容ではなく、野中  至の世界に足を踏み込む人の多くは、『富士案内 芙蓉日記』(本書では「至」)、および新田次郎『芙蓉の人』(本書では「到」)を足掛かりにすると思えます。

 このような事情から、本資料館はどちらからでもアプローチの可能な「至」「到」の双方を使用しますが、煩雑になるのを避けるために、本文の共通表現では並記をやめて「至」を使用し、必要に応じて「到」とします。千代子は、明治29年の『芙蓉日記』報知新聞連載時から「千代子」で、その後もほかの名称は見かけられないので、「千代子」に統一します。

上記のような次第で、本会の記述には「至」「到」が混在することになるのでご了解ください。 

2 「芙蓉日記の会」は野中至・千代子をはじめ、富士山頂気象観測史に関心を持つ有志の集まり

です。認定NPO法人富士山測候所を活用する会は同会の活動を積極的に支援しています。

 「芙蓉日記の会」メンバー(順不同):大森久雄(NPO会員、編集者、日本山岳会会員)、堀井昌子(NPO理事、医師)、山本正嘉(NPO副理事長、鹿屋体育大学名誉教授)、佐藤政博(NPO監事、元富士山測候所長)、大伏春美(NPO会員、徳島文理大学名誉教授)、山本哲(元気象研究所)、溝口克己(元中学校長)、Martin Hood (『日本百名山』英訳・スイス・チューリッヒ山岳会員)、フッド晴美(英語教育・仁愛大学非常勤講師)、中山良夫(NPO会員、ホームページ担当) 連絡先:土器屋由紀子(NPO理事、広報委員会) <2024年1月現在>  

  タイトル  富士案内 芙蓉日記』

野中至 野中千代子(著)大森久雄編

平凡社ライブラリー 

2006年(平成18年)

B6変型判・254頁

 

資料(書籍)分類番号L021